青い光

好きな人と会って、解散した。


事の発端は、長年使っていたガラパゴスケータイを解約することになったところである。連絡を取り合っていたメールアドレスが失われるため、
その前にもう一度会えたら、とメールを送った。
会えない触れない存在から人間に引きずり下ろす最終章だった。


ご存命ですか。甘い物でも如何ですか。
勤務形態上都合が合いません。
有休取るので…
月くらい指定してください
○月○週目までで考えています
××、××日なら

好きな人はぼくを拒否しない。来るものを拒まないし去るものを追わない。彼の執着心に引っかかる存在ではないが自分の近くで困られても面倒、いつもそれだけだ。

予定の前の週に 来週如何ですか、と連絡した。
3日経って週末を挟んでも返信は無かった。
色々なことを考えた。やっぱり会いたくないな。髪の毛は長くないし、お腹ぷにぷにだし、好きな人には好きな人のままでいてほしいよな。好きな人のこと好きじゃなくなっちゃったら何を考えて生きていけばいいんだろう? 今会ってもな。綺麗なまんま保存した方がいいよな。

月曜の昼休憩に返信を確認した。
××午後~××日なら。
使用路線や最寄り区域などあれば
個人情報保護のためお答えできません。山手線圏内で。
××日○時に新宿
御意
彼女ともこんな文面なのだろうか、と純粋に疑問だった。ヘアトリートメントや除毛やリップスクラブ等、推しに会う前日の一連の儀式を執り行った。

昼前に新宿に付き、高島屋のパウダールームで顔面を整えた。新しい服と新しいハイヒールで出掛けた。東京は暖かかった。
憧れのフルーツパーラーに予約の電話をした。幸い当日の予約ができた。2名です。噛み締めるように2名ですを言った。

場所を確認してから集合場所に向かった。色味のない服装をした背の高い男性が厄介そうな顔をしていた。

取り留めもない近況と、給与の話と、高校の同級生のことなどを穏やかに話した。あなたは高校の頃や去年何があったかおぼえていないんですか!? と言いたくなるくらいに。
ドリンクバーで飲み物を取って席に戻ったら、ずっと好きだった人が向かい側に座ってぼくを待っていたので、とても不思議な気持ちになった。
帰りがけにだめもとでピアスの穴を開けてくれないか、と頼んでみたがやっぱり断られた。彼はぼくが人生で知り合った中で最も他人の耳に穴を開けそうにない人だった。

特に行きたいところがないのであれば解散です。解散でいいの? 耳に穴は開けません。ほんとうに解散でいいの? まあ私も(地元)に帰ることがあるでしょうし。そのうち。
そのうちってなに!?

答えが帰ってこないまま、彼は階段を降りて見えなくなった。ぼくは万が一のために持ってきた宿泊用の鞄をコインロッカーから回収して、帰りのバスを予約した。


好きな人との物理世界での邂逅はここまで、だろう。
今回は初めてくらいに彼を直視することができた。案外ふつうの人だな、と思えた。神様ではない、でも手には入らない、知らない世界で生きているぼくの好きだった人だ。いくら優しくても、いい加減に手放さければいけない恋だ。
あとはぼくが彼の実在を認めて、もう運命の人でも何でもない関係ない他人であることを認めて、生傷でない思い出として終わらせるだけだ。


青い光とは、明日解約するガラパゴスケータイの、彼からのメールを示す設定イルミネーションである。