備忘ふたつ



飛行機に乗った。
飛行機に乗ったのは高校の修学旅行ぶりで、私はまたひとつ好きな人のいた記憶を好きな人のいない記憶で上塗りしてしまったのだった。
離陸の際、もう飛ぶのだろうと思ったところからさらに出力が上がって、けっこうな圧力で背もたれに体が押し付けられた。怖かった。何でもいいから隣の人の手を握りたいと思った。隣にいるのが好きな人だったらと思った。この音と振動の中で彼の手を私でない誰かの手が掴む光景を脳裏に見た。きっと実際にあったことだろうなという漠然とした確信があった。
隣の席は米国からの同じ歳くらいの女性で、挨拶してから着陸までずっと眠っていた。





良い匂いのする人と敷布団との隙間に顔を突っ込んで眠る機会があった。
思ったより高めの体温をしていた。白磁か大理石か何かで出来ているような人だと思っていたので少し意外だった。
懐に額をつけて布団を被っていると、驚いたことに息が苦しくなった。えっ…? と思った。こんな時くらい人体は呼吸しなくてもよくなってほしいと思った。こんなに全然生に前向きではないのに、自分が新鮮な空気を欲していることに驚いた。いいじゃん、どう考えてもこのまま死ぬのがよくない…? と。
しばらくの苦しさののち、情けない生の実感に負けて、隙間を開けた。