フロンティア

エシレのフィナンシェを買って好きな人の部屋に行きたい。

 

固有名詞と会って別れて数日経つと毎回、ついこの前の記憶が夢の中のことだったような気がしてくる。ぼんやりと、でも無視できない確かさで、もう会うことは無いんだな、と思う。

向こうから、あなたとはずっと続くと思いますって、いつも帰り際にはまたそのうちって言われて、実際それで何回かは会っているとしても、

次の約束なんて無いわけだし、いついつもの真顔と無神経さで「彼女が出来ましたんで…」とか言われるかわからない。

いつかは確実に最後になるんだから、毎回もう会うこと無いんだろうなで合っているんだと思う。

 

元々、もしインターネットの海で生存が確認できればそれでいい、もう一目会うこともないだろう、とまで思っていた相手だ。

そんなスタンスでいたところに、一緒に食事をする機会があったり、自分だけのために美しい声を降らせてもらえたりするようなことがあれば、それだけで願ってもない僥倖だし、許容量を超えた供給に気が狂いもする。

言葉になったら終わってしまうところを、約束も責任もなく遂げようとする抜け穴のようなずるさ、意味のわからなさに、私も黙ったまま付け込んで享受するがままになっている。

 

私を懐に収めたままの姿勢で、固有名詞が、恋うている女性のことを、完璧な存在でした、と言った。

明かりを消した部屋で、彼が手の届くような所にあるものはなんにも見えていないような目をしているのがわかった。

私が一生の思い出にしようとしていることは、貴方にとっては心の大切な部分を差し出す行為ではないこと、恋や情緒に抵触しないような造作もないことで、そうでもなければ私に許してくれるはずもない。

 

この先でまた会えるとしても、どこまで行っても、私が本当の意味で固有名詞に触れられることはない。それだけが確かだ。