夢の上

エシレのフィナンシェを買って好きな人に会いに行った。

 

夢に見た通りの表情で現前する本人のまなざしで、諦めたまま返信を待った日々や、勝手に声や面影や文体をあなたに重ねてきた大勢の皆さんが跡形もなく崩れて消えて、ただ2023年の私たちが再会できた事実だけがそこにあった。

 

10年ですよ、と固有名詞が言う。変わりませんね、私たちは。

後ろを振り向きもしないままで、ちゃんと私が追走してきているのを確信している固有名詞と、日常の変化に干渉されない心の深いところで固有名詞を信仰している私と、この関係は何年会わなくても、もう会えなくても変わらないでしょう。

 

10年前の私が喉から手が出るほど欲しがった、実現するはずのなかった未来を一日だけ手に入れて、何をするでもなくただただ雑談と眠りを繰り返しながら、自分が来られる最果ての場所から、気が遠くなるようなここまでの道程を振り返った。

初めて固有名詞の実家の部屋を訪れて、それまで自分が見上げていた窓の内側から、いつもの道路を見下ろした2013年の冬を思い出す。私は今、夢の上に立っている。

 

 

何度も奇跡が起こって、でも何度機会を重ねたところで毎回、これが時間をかけすぎたさよならの儀であることを再発見している。それでも、言葉に言葉が返ってきて、私たちの歴史の最終更新日が上書きされるならば、望むべくもない僥倖なのです。

 

次の10年もよろしくね、と叩いた軽口には、諦めたような微笑みだけが返ってきた。