願望

好きな人が学校を休んだときにいつもする想像があった。
彼が亡くなっている想像だ。

狭めの玄関に色んな種類の靴が溢れて、彼は廊下を左に入った和室に寝かされている。小柄なお母さんが背中を丸めて弔問客に挨拶をしている。独特な家の匂いと香の匂いが混ざって目に刺さる。眼球のかたちにふくらんだ白いまぶた。薄く口を開いた彼の、冷たい頬に触れる。逃げない、もう届かせてもくれない。後ろの人に場所を譲って、私は制服で自転車に乗って一人で帰る。

私の中で彼はとても死に近いところにいた。よく知らない頃に伝え聞いた噂のせいもあるだろう。きっと美しいだろうなと思った。そうなってこそ完璧なのではないかと思っていた。彼が布団に寝かされたり太い枝にぶら下がったり水際に打ち上げられたりしている姿を想像した。何度も勝手に彼を殺した。
好きな人とは言うものの全然好きなんかじゃなかったのかもしれない。連絡が取れてほっとする一方、なんだ、生きてたか、という気持ちがあった。

彼は生から離脱したがる一方で、痛かったり面倒だったりするのを嫌がった。鎖骨を強く触ると痛いからやめてって言うし、ひとりの高速道路で気付いたら中央分離帯に擦って「死ぬかと思った」らしかったのは聞いていてちょっと面白かった。
危うい儚さを纏って、前科がないわけでもないのに、すぐ人を死んだことにするんじゃありません、そんなに簡単に死にません、とか言った。青年期特有の中途半端でイタい戯言と言ってしまえばそこまでの話だ。

ただしかし、 馬乗りになって首に手をかけたときの心底安心したような穏やかな表情が、怖くなって手を離した私を薄目で見て 残念、と言った掠れ声が、すべて嘘だったとは思えないのだ。