オムファタル

世界を終わらせる男がいるかと言われればそれは間違いなく存在していて、現に私の世界は完全に破滅してしまった。

 

会社を通しての出会いだったが、関わらないほうが自分の心の平穏のために良さそうだ、と存在を知ってから一年近くは距離を置いていた。

深入りしないほうが良かった、と今でも思っている。

 

残業続きの冬の日、同期に誘われて行ったカラオケの場に彼はいた。

遠い世界の存在が生身でぼくの眼前に現れた。都心の駅前の巨大なモニターの画面の向こうから、映画の主演俳優が飛び出してガラスと一緒に降ってくるような気持ちがした。

棚から牡丹餅。瓢箪から駒。それはぼくの人生において全く想定していない出来事で、ほぼ考える余地もなく、取り返しのつかない方に身を委ねてしまった。

だってこんなこと滅多にないじゃん、というだけのシンプルながらも凶悪な理屈が、全ての理性的な考えをブッ潰して勝った。

圧倒的に美しい人間の存在が、今までぼくの脳内を占めていた繊細な妄想や朧な記憶や小説の続きや美術展への興味をぜんぶ追い出して君臨した。

 

神様、お願いだから私をこの人のそばにいさせてください! それだけが原動力になってしまって、客観的に考えて一緒にいることが私の首を絞めているのだとしても、離れるという選択がとれなくなってしまった。

 

カーステレオは彼のiPhoneとの無線接続で知らない曲を流し続けていて、もう、自分がどんな音楽を聴いていたのかもぱっと思い出せなくなってしまった。