本棚

元恋人のお姉さんが結婚されたと風の便りで聞いた。

お姉さんにご挨拶したことは何度かあるが、初めて出会ったのは本棚だった。

本人不在の、ご自宅の本棚である。

 

元恋人のつてで落語を聴きに上京した折、お母さまとお姉さんの住むお家に滞在した。

お姉さまは大学の合宿で部屋を空けており、その部屋に私と元恋人が身を寄せた。お姉さんは素敵な方だと聞いていたのでお会いできないのが残念だったが、お姉さんも同じ気持ちでいてくださったようで、綺麗に整頓された部屋には置き手紙があった。

 

〇〇の彼女さんがいらっしゃるという一家の一大イベントに居合わせることができずたいへん残念です。とてもうれしく思い歓迎しています。冷蔵庫にレモンゼリーを冷やしてあるので食べてね! 本棚の本を自由に読んでいいよ♪

というような丁寧な字に、艦隊これくしょん島風のイラストが添えられていた。

 

お姉さまの本棚は、べらぼうに蔵書数が多いというわけでもなかった。窓の下のスペースにシェルフがふたつ、あとは机と枕元に少しずつ、それくらいだったと思う。

そのささやかなスペースを一目見て、この本棚の主人に会ってみたいと思った。

 

今も刊行中の少女漫画から時代小説、ボーイズラブ作品、音楽家の伝記、詩集、写真集、箱入りの文学作品の初版、など、

ここで具体的な著者名や書名をいくつか挙げることは簡単だが、いくつか例を挙げて説明できる本棚ではなかったのである。ありとあらゆるジャンルの中から、その人が興味を持つ選りすぐりの本が並んだ、人生の集大であった。

そのレパートリーによってその人の姿が見えてくるようで、一冊一冊確かめていくともうまったくどんな人物がこんなに手広くいろいろ読むのかわからなくなるような本棚だった。節目節目で気に入った本を長い時間をかけて集めたようでもあり、ある時点の心象を潜在意識まですべて拾った検索結果のようでもあった。

 

行旅の二日目は博物館を巡る予定だったが、寝起きの悪い元恋人の隣で私は午前いっぱいお姉さんの蔵書をかじった。読めなかったほかにもどんな本があったか記録しておけばよかったと今でも思う。

 

お姉さんは結婚して家を出られ、お母さまも引っ越してあの夏に訪れた家にはもういらっしゃらないと聞く。人生で一番魅力的だった本棚に再び出会うことはもう、永遠にないのだ、と思う。